【刑法】抽象的事実の錯誤をわかりやすく解説!抽象的符合説と法定的符合説

抽象的事実の錯誤とは

犯罪が成立するためには、故意(38条1項)が必要でしたよね。

この故意を検討するにあたって、実際に発生した事実と行為者の認識が食い違うことがよく問題となります。

これを『事実の錯誤』といいます。その中でも、異なる構成要件をまたがって生じた錯誤を抽象的事実の錯誤といいます。 

具体例を確認

甲は乙宅の犬を殺そうとして発砲したが、犬ではなく乙にあたり、間も無く乙は死亡した。 

→甲は器物損壊罪(刑法261条)の認識で発砲をしていますが、実際に生じた結果はYの死(殺人罪(刑法199条))です。よって、器物損壊罪と殺人罪は異なる構成要件ですから、甲には抽象的事実の錯誤があります。 

この場合、器物損壊罪の故意しかない甲に対して、殺人罪の故意を肯定できるかが問題となります。 

抽象的事実の錯誤において『故意』は認められるのか。

他の記事で解説をした通り、「具体的事実の錯誤」については、故意(犯罪を犯そうとする意志)が認められ、犯罪が成立します。

それでは、「抽象的事実の錯誤」をした場合、故意(刑法38条1項)は認められ、犯罪は成立するでしょうか。

結論をいうと、条件付きで故意が認められ、犯罪が成立することとなります。

その条件とは、法定的符合説から説明され、結論が導かれます。

今回は法定的符合説を説明する前に、比較対象として、抽象的符合説を説明します。 

抽象的符合説とは

抽象的符合説とは、行為者の認識した事実と、実際に発生した事実とが一致する範囲内で、軽い故意犯の成立を認めるとする説です。

具体例として、

マネキンを壊そうとを思って鈍器を振りおろしたが(器物損壊罪)、実際にはそれはマネキンではなく人であったため、結果として人を殺してしまった場合(殺人罪)を考えてみましょう。

「対象を傷つけよう」という認識と、「対象を傷つける」という実際に発生した事実は一致するので、軽い方の犯罪が成立することなります。

したがって、この説に立てば軽い方の罪責である器物損壊罪が成立することになります。

もっとも、この説を採ると、認識違いがあったとはいえ、人を殺しておいて、器物損壊罪が成立するという相当でない結論となってしまいます。

なので抽象的符合説は、通説ありません。

法定的符合説とは

法定的符合説とは、錯誤が異なる構成要件にまたがる「抽象的事実の錯誤」において、原則として、故意は阻却されものの、例外的に、認識していた構成要件と、実現された構成要件との間に実質に重なり合う面があるときは、その重なり合う限度で軽い罪の故意を認める。

というものです。

そもそも重い罪ではなく、軽い罪の故意を認めるのは、刑法38条2項に「重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない」と規定されていることによります。

法定符合説においては、「構成要件どうしの重なり合い」を深掘りして考えて行きます。

抽象的事実の錯誤の原則は未遂と過失

錯誤が異質の場合

先ほどの例を挙げると、マネキンだと思って鈍器で殴ったところ(器物損壊罪)、実際にはマネキンではなく人であり、人を殺してしまった(殺人罪)という「客体の錯誤」である場合にあっては、「人を殺すな」という規範に直面していないため、故意犯である殺人罪は成立しません。

しかし、過失犯である過失致死罪(間違って人を殺した)が成立することになります。

ちなみに、器物損壊罪は未遂となりますが、器物損壊に未遂の規定はないので、器物損壊罪については成立しないことになります。

次の例えとして、

甲を殺すつもりで拳銃を発砲したところ、弾が外れて、乙の隣にいたペットの犬に当たってしまい、過失によりペットの犬を殺した(器物損壊罪)

という「方法の錯誤」である場合は、過失器物損壊罪殺人未遂罪となりますが、器物損壊罪に過失の規定はなく、殺人未遂罪のみが成立することになります。

錯誤が同質の場合

この場合は、錯誤が同質的で重なり合う2個の構成要件にまたがっている場合、構成要件が重なり合う限度で、軽い罪の故意犯が成立するということになります。

具体例として、

人が住んでいる家を、人が現住していない空き家だと思い放火したが(非現住建造物放火罪:2年以上の懲役刑)、実際には人が人が住んでいる家であった場合(現住建造物放火罪:5年以上の懲役)、人が住んでいない家に放火する罪である非現住建造物放火罪が成立します。

現実には、人が住んでいる家を放火しているわけですが、

  • 人が住んでいない家に放火する故意(犯罪を犯そうとする意志)で犯行に及んでいる
  • 構成要件が同質的で重なり合っている
  • 重い罪と軽い罪とはでは、軽い罪の方が成立する

ことから、軽い罪の非現住建造物放火罪の方が成立するという考え方になります。

その一方、人が住んでいる家だと思って放火したが(現住建造物放火)、実は人が住んでいない空き家だった場合は(非現住建造物放火)、人が住んでいる家に放火する現住建造物放火罪の故意で犯行に及んでいますが、軽い方の罪が成立するので、この場合も軽い方の罪の非現住放火罪が成立します。

判例を確認しよう

抽象的事実の錯誤の事案について、法定的符合説を使って判決をしている判例を紹介します。

最高裁判決(昭和54年4月13日)

事件の内容

共謀の上、被告人7名が警察官に暴行・傷害を加え、そのうち1人の被告人Aが小刀で警察官の腹部を刺し、警察官を失血死させた事件

争点

 警察官を殺した被告人Aに殺人罪が成立することに争いはない

 警察官に暴行・傷害を加えただけの被告人6名に、「殺人罪の共犯」と「傷害致死罪の共犯」のどちらが成立するかが争点となった

判決の内容

 裁判官は、

『殺人罪と傷害致死罪とは、殺意の有無という主観的な面に差異があるだけで、そのほかの犯罪構成要件要素はいずれも同一であるから、殺意のなかった被告人6名については、殺人罪の共同正犯と傷害致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で、軽い傷害致死罪の共同正犯が成立する』

と判示した。

解説

被告人6名については、警察官を殺すつもりはなく、共謀の上、警察官に暴行・傷害を加えようとしただけです。

もっとも、被告人Aが、勝手に暴走して警察官を殺してしまったため、暴行・傷害で終わらせるつもりが、殺人という結果を生じさせてしまいました。

つまりは、傷害のつもりで殺人の結果が生じているので「抽象的事実の錯誤」が起こったわけです。

人を死に至らしめたので、成立する犯罪として、「殺人罪の共犯」と「傷害致死罪の共犯」のどちらが成立するかが問題となったわけです。

ここで、「抽象的事実の錯誤」の考え方が用いられ、『認識していた構成要件と、実現された構成要件との間に実質に重なり合う面があるときは、その重なり合う限度で軽い罪の故意を認める』というルールが採用され、判断が下されたのです。

殺人罪はもっとも重くて死刑、傷害致死罪はもっとも重くて3年以上の懲役刑なので、傷害致死罪の方が軽い罪になります。

なので、軽い方の罪である傷害致死罪(の共犯)が成立するという結論が導かれました。

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