【刑法】抽象的事実の錯誤について分かりやすく解説。判例で学ぶ刑法総論

抽象的事実の錯誤について

抽象的事実の錯誤については、基本書等には難しく書かれていることもとても多いのですが、その考え方としては非常に論理的なものであるといえます。

ですから、考え方さえ覚えてしまえば、あとはそれに当てはめていくだけです。

今回は以下のポイントを目標に解説をしていきたいと思います。

今回のポイント

①抽象的事実の錯誤の原則を理解する。
②軽い罪の故意で重い罪を実現した場合の処理の仕方を理解する。
③重い罪の故意で軽い罪を実現した場合の処理の仕方を理解する。
④同一法定刑の罪の場合の処理の仕方を理解する。

抽象的事実の錯誤の原則は『未遂』と『過失』

抽象的事実の錯誤という言葉を聞いて難しく感じられる方もいらっしゃるかと思いますが、抽象的事実の錯誤というのは具体的事実の錯誤ではないパターン=認識事実と実現事実が異なる犯罪で不一致であるときの錯誤だと簡単に考えてみましょう。

例えば、「殺人の故意(認識・認容)」「器物損壊の結果」を発生させた場合、それぞれは殺人罪(刑法199条)と器物損壊罪(刑法261条)とで別の犯罪(異なる構成要件)にまたがる錯誤なので抽象的事実の錯誤となります。(例:銃で人を打とうとしたら、それはマネキンであった)

このとき、錯誤は同一犯罪内であれば故意を否定しませんでした。しかし、このような場合は同一犯罪内ではないので故意は否定されそうです。

ですから、原則として、認識事実には未遂犯が、実現事実には故意が否定されて過失犯が成立することになります。

殺人罪の故意で器物損壊罪の実現をしているので基本的に当初の故意を認めることはできないわけです。

殺人罪については、故意があるけれども結果は実現していないとして未遂犯に、器物損壊罪は故意はなかったが結果があるので過失の器物損壊罪を検討することになります。

もっとも、器物損壊罪は過失犯の規定はないので不可罰ということになります。

ですから、殺人未遂罪だけが成立するのです。

抽象的事実の錯誤の場合は、原則として認識事実の犯罪は未遂犯となり、実現事実の犯罪は過失犯を検討することになるのです。

大切なポイント

認識事実と実現事実が異なる犯罪であった場合は、異なる構成要件にまたがる錯誤として抽象的事実の錯誤になる。
抽象的事実の錯誤の場合は、認識事実は未遂を、実現事実は過失を検討するのが原則である。

抽象的事実の錯誤の考え方

しかし、抽象的事実の錯誤においては、例外を認めてしまうから面倒なのです。

先ほどの例でも納得はできない人も多くいるかと思います。

ここで法定的符号説を振り返ってみましょう。法定的符号説は同一構成要件内の錯誤は故意を否定しないと考える(同一構成要件内で符合する限りで故意を認める)という見解でしたね。

すると、異なる犯罪間であっても同一構成要件的に重なる場合があるのではないか?

さらに平たく言えば、「似たような犯罪については同じような犯罪として故意を認めていいんじゃないのか?」と考えたということです。

その結果、刑法は同じような犯罪間の錯誤についても故意を認める見解に立っています。

『同じような犯罪か否か』は行為態様と保護法益で判断

では、同じような犯罪か否かはどう判断するのでしょうか。

それは客観的構成要件が同じであれば、同じような犯罪といってよいとされています。

すなわち、行為と結果が同じであれば、同じような犯罪といえるわけです。

犯罪の行為と、犯罪が罰しようとしている結果(とそれにより守ろうとしているもの)を考えるわけです。これを行為態様保護法益といいます。

保護法益とは、法律が守ろうとしている法益のことです。これを目的として結果が発生しないように刑罰を科しているわけなので、結果とつながります。

先ほどの例で考えてみましょう。

殺人の行為と保護法益(生命)と器物損壊の行為と保護法益(財物の効用)とは一致していません。

ですから、殺人罪器物損壊罪同じような犯罪ではないから故意は完全に否定されることになります。

大切なポイント

抽象的事実の錯誤の例外が認められる場合というのは、認識事実と実現事実が「同じような犯罪」であるとき。この「同じような犯罪」であるかは行為態様と保護法益をみる。

軽い罪の認識で重い罪を実現した場合は38条2項で処理。

この場合は刑法38条2項を考えます。

参考条文

刑法第38条2項

重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。

つまり、刑法自体は重い罪の行為を実現したとしても、認識事実が軽い罪であれば、その重い罪によって処罰はできない=軽い罪の限度で処罰するしかないということを規定しているのです。

ですから、同じような罪の場合は、この条文を手がかりとして、軽い罪の限度で故意を認められると考えられるわけです。

重い罪の認識で軽い罪を実現した場合は重なる限度で処理

この場合は、先ほどのような条文はありませんから、法定的符号説で検討します。

認識事実の犯罪も軽い罪の犯罪も同じような犯罪なのですから、犯罪が重なる限度(構成要件が重なる限度)において故意が認められると考えられます。

つまり、重い罪には軽い罪の故意の認識が含まれていると考えて軽い罪の限度で犯罪が成立するのです。

さて、ここで非常に重要となるのが、あくまでも原則は維持されるということです。

重い罪については未遂犯になる可能性があります(不能犯の議論になります)。もし重い罪について未遂罪が成立するのであれば、重い罪についての未遂罪と軽い罪についての既遂罪が成立し,両者は観念的競合となる点は注意してください(観念的競合とは罪数処理手段です)。

同じ罪の重さなら客観的に判断する。

同じ法定刑の犯罪で、犯人がA罪の認識でB罪を実現したとします。

この場合は、同一法定刑(同じ罪の大きさ)なので難しい面があります。

A罪の故意犯としてもB罪の故意犯としても理論的には成り立ちうるからです。もっとも、A罪は行為者の主観であり、行為や結果を客観的にみれば行われたのはB罪です。

ですから、B罪の故意としてB罪の成立を認めるべきでしょう。

以上をまとめると,こんな感じになります。

まとめ

異なる罪にまたがる錯誤でも、同じような罪であれば重なる限度において故意を認める。→「同じようか」は行為態様保護法益から判断。
①軽い罪の認識から重い罪が実現した場合、刑法38条2項を手がかりとして軽い罪の故意を認める。
②重い罪の認識から軽い罪が実現した場合、法定的符号説によって、重い罪の認識に軽い罪の認識も包含されていると考えて、軽い罪の故意を認める。この場合においては重い罪の未遂が成立する可能性もあるので注意が必要。
③同一法定刑の罪同士の場合は、客観的事実を優先すべきであることから、実現事実についての故意を認める。

まとめ

いかがだったでしょうか。

抽象的事実の錯誤は、少しややこしい気もしますが理論としてはしっかりしていると思います。

上記考え方を頭に入れて問題演習をこなせばきっと簡単に解けちゃいますよ!

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